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東京地方裁判所 昭和29年(モ)11639号 判決 1955年3月31日

債権者 ミユーチユアル・トラスト・カンパニー

債務者 ジヨーゼフ・エドワード・モンタルト

主文

一、当裁判所が昭和二十八年(ヨ)第四、八四二号不動産仮処分事件について昭和二十八年七月十日にした仮処分決定を取消す。

二、本件仮処分申請を却下する。

三、訴訟費用はユー・ウイン・カムの負担とする。

四、この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一債権者の主張

(申立の趣旨)

(一)  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する判決を求める。

(申立の理由)

(二) 債権者は権利能力なき社団であつて、代表者の定あるものである。すなわち、

債権者は、香港において設立されたパートナーシツプであつて、ユー・ウイン・カム及びウオン・チユー・チヨイの両名がパートナーとなり、前者の出資額二百万香港ドル、後者の出資額五十万香港ドル計二百五十万ドルの資本金を有し、肩書地に主たる事務所を持ち、一般輸出入業及び鉱山業を目的とする団体である。ユー・ウイン・カムは、ウオン・チユー・チヨイとの口頭による契約によつて、代表社員(マネージング・パートナー)となり、業務上経理上の一切の問題について、債権者を代表して行為する権限を有し、また、出資の過半数を有するため、ウオンの同意を要することなく、パートナーの増員もできる。債権者は、パートナーとは独立した独自の財産を有し、商業帳簿を備えつけ、営業の主体となり、他の第三者と契約その他の法律行為をすることが出来る。なお債権者は香港政庁に対し、事業登録を債権者の名においてしており、また、英国法上も訴訟当事者能力を有している(イギリス最高法院規則 Rules of the Supreme Court オーダー四十八A参照)パートナーシツプは、我国法上認められていない事実団体であつて、我民法上の組合に近い法規上の性質を有するものと説く学者があるが、右のように組合とは異る性質をも有することが明らかである。しかして、債権者のように、人の集団であつて、その構成員と別個の事業目的を有し、独立した財産をもち、社会生活において一個の営業当事者たる継続的活動をなし、しかも代表者の定あるものは、我民事訴訟法第四十六条にいう権利能力なき社団であつて代表者の定あるものに該当する。

(三) 債務者は、昭和二十三年九月債権者の東京事務所における支配人となるべく傭われ、赴任の旅費を貰い、債権者の東京事務所における代表者の資格で、日本入国の許可を得て来日し、その時以来毎月英貨二百十ポンドを生活費、交通費東京事務所の一切の費用として支給されたほか、債権者が、日本に輸入する商品取引より生ずる純利益の二十五パーセント及び債権者から日本の買主に売る鉄鉱石の売価の二パーセント並びに日本から輸出する商品の買入価格の二パーセントに当る手数料を債権者から支払われていたのである。しかして、債務者は、前記雇傭契約に基く当然の義務として、当初東京ホテルの一室を債権者の東京事務所として借入れ、所要の使用人を雇入れて、業務に従事していたが、昭和二十四年四月、別紙目録<省略>記載の事務室(以下本件事務室という。)を、その所有者である富国生命保険相互会社から債権者の名義で賃借したのである。また、債権者は、日本における事業に必要な電話、家具、器具、その他の事務用設備一式(別紙目録記載の動産はその一部)を債権者の費用において備えつけて、債務者に使用させていたのである。

(四) ところが、その後、債務者は、債権者との契約の履行に甚だ誠意をかき、取引の値段をごまかして、不当の手数料を詐取するような不正行為があつたばかりでなく、債権者の知らないうちに、本件事務室の賃借人名義を、債権者から債務者個人に変更するに至つた。

(五) 債権者は、最近になつて、債務者の右のような不正行為を知るに至つたので、かねて債務者に与えてあつた、債権者の代理人として事業をする権限の委任を解除し、債権者債務者間の取引関係帳簿書類及び財産の一切を、債権者に引渡し、かつ、本件事務室を現状のまま、債権者に引渡すよう求めたが、債務者は、これに応じないで、かえつて本件事務室の名義が自己個人であるのを幸いに、他人に譲渡しようとしている。

(六) よつて債権者は、所有権に基く別紙目録記載の動産(以下本件動産という。)の引渡請求権、賃借権に基く、本件事務室の明渡請求権の執行保全のため、主文第一項の仮処分申請をして、債務者の本件事務室及本件動産の占有を解き執行吏の保管に移し、現状を変更しないことを条件に債務者に使用を許す等、所謂占有移転禁止の仮処分決定を得て、その執行をしたのであるが、右仮処分決定は、なお維持する必要があるから、これが認可を求める。

第二債務者の主張

(異議申立の趣旨)

(一)  主文第一、二項同旨の判決を求める。

(異議の理由)

(二) 債権者は、法人ではなく、また、民事訴訟法第四十六条の「法人ニ非ル社団又ハ財団ニシテ代表者又ハ管理人ノ定アルモノ」にも該当しないから、当事者能力がない。

(三) 債権者の主張事実のうち、債務者が債権者の代表者と称するユー・ウイン・カムと契約を結び、手数料を得て、債権者の日本において行う事業の代理または媒介をしていたこと、債務者が本件事務室を使用していることは認めるが、その他はすべて争う。

(四) 債務者は、独立の商人であつて、債権者との間に雇傭関係はない。債務者は、債権者の代表者との間に、債権者の日本における輸出入取引の代理または媒介をなし、これに対する報酬手数料を得る旨の契約を締結していたにすぎず、右契約は、昭和二十四年一月から昭和二十八年七月三日まで存続していた。右契約によれば、債務者は債権者から利益の分配にあずかるだけであつて、債権者に利益のないときは、何等の報酬も得られず、現に債務者は香港において、債権者から、計算の結果損失となつているからとの理由で、前渡金の返還の請求を受けている程であり、雇傭契約の要素である、労務に対する報酬ではない。

また、債務者は、本件の事務室を、昭和二十五年四月十一日から自己の名において当初は、通商産業省と、昭和二十七年一月以降は富国生命相互保険会社から賃借してきたのであり、本件事務室の賃借に関して、債権者から一度も指示依頼などをうけたこともなく、本件事務室の備品は、全部債務者の負担において購入備えつけたものであつて、債権者から本件事務室の賃料、その他維持費、または使用人の給料等の仕送りをうけたことはない。本件動産のうち、フアイリング・キヤビネツト二箇は、債権者から贈与をうけたものであり、デスク、タイプライターも贈与をうけたが使用に堪えないので処分した。

第三疏明

<省略>

理由

一、債権者は社団ではない。

成立に争ない甲第二十四号証を債権者代表者本人ユー・ウイン・カムの供述(第一、二回)に弁論の全趣旨を綜合して考察すると債権者は次に認定するような実体を有する団体であることを認めることができる。

債権者は、ユー・ウイン・カムとウオン・チユー・チヨイの両名を構成員(パートナー)とし、一般輸出入業及び鉱山業を目的としミユーチユアル・トラスト・カンパニーと称して設立された英国法上のパートナシツプである。その主たる事務所を香港の債権者肩書地に置き、出資総額は二百五十万香港ドル、そのうち、八十パーセントの二百万香港ドルを、ユーが、二十パーセントの五十万香港ドルをウオンが出資した。設立に際して両者の間の口頭の契約により、資金の八十パーセントを出資したユーが代表者となることに定められ、業務上、経理上の一切の問題を処理することが出来る。設立に際して基本的事項を定めた文書による、定款規約のごときものは作成されていず、パートナシツプに関する事項はすべて口頭で構成員間に契約されたにすぎない。債権者は自己の名において、香港政庁に対し事業登録をなしており、財産を所有することができるが、構成員は、すべて、債権者の債務について無限責任を負う、債権者としての意思決定は、形式的には、多数決によることになつているが、その多数決は出資の比率によるから、実質的には、八十パーセントの出資をしたユーによつて、すべて決定される。債権者としての同一性をそこなわずに、構成員の増減交代も、観念的には可能であるが、当初から、構成員の増減交代を当然に予想しているものでなく、増加する場合にも、新加入者の新たな出資による場合のみを考慮しており、持分を分割することなどは考えていない。しかも、その増減交代にも、結局過半数の出資者であるユーの同意なくしてはできない。ユーが死亡した時は、ユーの相続人が当然に構成員になるのではなく、ユーのその旨の遺言ある時に限り、相続人が構成員となり得る。もしこのような遺言のなされたときは、この団体は解散せざるを得ない。

債権者は、右に認定したような団体であつて、この認定を左右するに足りる証拠はない。果してそうだとすると、団体を社団と組合に二大別するとき債権者は、社団というよりもむしろ組合に近く、殊に、団体の組織等を定める基本的事項について、文書などもなく、単に口頭による契約だけであること、構成員が団体の債務について無限責任を負つていること、団体の同一性をそこなわずに構成員が交代することは不可能ではないが、構成員のうち、特定の者の意思に依存していること等の事実に徴すると、個人的色彩が甚だ強くこのような団体は到底社団とは認め難いものといわなければならない。

なお、債権者が香港において、パートナーとは別個の独立した社会的経済的活動体であり、我国においても、債務者によつて、事実上香港におけると同様の社会上経済上の活動をしていたことは、債権者の援用する諸証拠によつて、認めることができるが、このような事実も、前記のように債権者が社団でないと認定するのを妨げるものではない。

二、民事訴訟法第四十六条は、もつぱら、社団に対してだけ、当事者能力を与えている趣旨に解すべきところ、前記認定のように、債権者は社団ではないから、英国法上はともかく、我国法上権利能力を与えられていない団体(この点は債権者の自認するところである。)債権者が前記法条により当事者能力を有するいわれがない。よつて債権者のその他の主張について判断するまでもなく、債権者の本件仮処分申請は不適法として却下すべきものであり、これを看過してなした主文第一項の仮処分決定は取消を免れない。

三、訴訟費用は民事訴訟法第九十八条第二項第九十九条を類推適用して、債権者の代表者として訴訟行為をなした、ユー・ウイン・カムに負担させるのを相当と認め、仮執行の宣言については、同法第百九十六条を適用した。

(裁判官 福森浩)

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